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中経協ニュース 2006年2月号

イデオロギー論や印象論、感情論ではなく、記録された資料に基づいた議論を。

(独)国立公文書館公文書専門官
 牟田 昌平 氏

国立公文書館は、歴史資料として重要な公文書等を保存し、後代に伝える役割を担っている。事実を記録すること、それを保存することの重要性は、国や地方自治体だけでなく、アカウンタビリティの問題を抱える企業も同様だ。
公文書専門官として、政治・経済・国際関係の調査や資料情報収集、そして資料の公開に取り組む牟田氏にお話をうかがった。

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昭和28年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。英国イーストアングリア大学、ロンドン大学、(財)日本国際交流センターを経て、(独)国立公文書館アジア歴史資料センター主任研究員。
   
石 村 アジア外交で大きな問題となっている歴史認識の違いを見ても、資料や記録の役割は大きいですね。
牟 田

日本の近現代史の一番のネックは、戦後すぐに冷戦構造に組み込まれたために、歴史論争が右か左かのイデオロギー論争になってしまっていることです。実証的に資料を分析して歴史を見たり、評価することをしてこなかったわけですが、それがようやくできる状態になって、南京事件などを考える人が出てきました。南京事件について外務省は、南京入城後、非戦闘員の殺害並びに略奪行為があったことは否定できない事実であるが、人数、計画、状況等に関しては確定できていない。南京で起きた悲劇は意図的・組織的な犯罪行為ではなく、むしろ世界どこでも戦争が起きれば発生するであろう悲劇の一つであるというスタンスです。

石 村

ゼロから30万まで、犠牲者数は研究者によってかなり差があります。

牟 田

いろんな見方があっていいと思いますが、日本に足りないのは記録に基づいた議論です。議論のベースにできるのは唯一、書かれた記録とそれを補完する証言記録です。ただ、証言記録は記憶力や状況に左右されますから、検証の必要があります。南京事件に関しては、残念ながら現地の裁判記録は残っていません。公文書として残っているのは一部隊の報告など部分的な資料で、要するに傍証なんです。中国が主張する30万という数も何か確証があっての数字ではないということのようです。

石 村

その数字は中国がアジアの覇権をとるための国家戦略でしょう。僕はその防御壁となるのが、非常に正確な現実の資料だと思います。

牟 田

記録の重要性は企業でも政府でも同じです。でも、記録がなくて責任の所在がわからないという状態がよくあります。特に情報公開法の施行以降、各省庁がなかなか記録を残さなくなったといわれています。その結果か公文書館に移管される文書も減っています。公文書館制度を見直すために内閣官房長官の「公文書等の適切な管理、保存及び利用に関する懇談会」が設置されています。公文書館にとって、一番困るのは公文書館の意義が理解されてないことです。議員の方が公文書館を知りません。世界中の公文書館をまず見ていただきたい。通常、公文書館は行政文書の形式や文書の保存方法を命令する権限を持っているんですが、日本では総務省の行政管理局がガイドラインを出しています。また、 資料の作成・整理・保存に関わるアーカイブスという学問を教えている大学もほとんどないし、アーカイブスの国家資格もありません。先進国でないのは日本ぐらいです。福岡も、福岡市は総合図書館の中に公文書館がありますが、福岡県は持ってないんですよ。特に福岡県は炭坑の問題などもありますから、ぜひ公文書館を作ってちゃんと資料を保存しないと、過去の重要記録がなくなってるかもしれません。

石 村

残すべき記録はいっぱいありますよね。情報公開法だけではカバーできない部分があるということですか?

牟 田

情報公開法を作る前に、公文書を作ってちゃんと残しなさいという記録管理法みたいな法律がないとだめですね。

石 村

近年デジタル・アーカイブが話題ですが、公文書館ではどうですか?

牟 田

私たちが進めているデジタル・アーカイブは、資料が集まってきた形や並んだ順番など、全体の構造を崩さないままデジタル化し、世界中どこからでもインターネットを通じて自由に資料を見られるというものです。実は公文書というのは、一部を見てもあまり意味がありません。全体の流れを固まりとして見て、初めて意味を持ってきます。たとえば日本帝国憲法の皇位継承者に「男子」という文言が入ったのは、最後の段階なんです。枢密院の議事録を見てみると、ずっと入ってないんですね。女帝に関する議論や、長子にするか嫡子にするか、庶子を入れるのかという議論も記録に残っていますが、そういう事実は最終的にできた憲法を見てもわからないわけです。

石 村

公文書ができる過程も残ってるんですか。そこまで残すと非常に貴重ですよね。

牟 田

ええ、プロセスを残すことが重要なんです。なぜこういう結論が出たのか、結論の背後で何が動いたか、どんな反対意見があったか、それらが固まって保存されているのが公文書です。かえって戦前の方が、天皇に対する説明責任があったのと情報を公開する必要がなかったため、予想以上に記録を残していますね。日米開戦についても、資料をプロセスでたどるとわかってくることが多いんです。たとえばハル・ノートの経緯や三国軍事同盟に対する松岡洋右の意図、南部仏印進駐とアメリカの対日輸出禁止に関連する日本側の通告やアメリカ側の警告の時間的な順序など、世間で誤認されていることも意外とありますよ。

石 村

竹島の問題はどうなんでしょう?

牟 田

ちょうど竹島問題に火がついている2005年3月に韓国に行きましたが、韓国の研究家の中にも竹島問題の本質をちゃんと理解している人もいます。日本側が明治時代に旧朝鮮領土と認めたのは、実は鬱陵島であって、今言われている竹島とは違うんです。日本の公文書の中にもその経緯が残っているし、一連の資料を韓国の研究者も読んでいます。彼らも日韓関係のねじれが竹島に集約されていて、あれは感情の問題だと認識しています。

石 村

本日いろんなお話を聞いて、確かに日本人は、歴史を語る時にイデオロギーで語ったり、感情で語ったりすることが多いと感じます。しかしそうなる前の厳然たる事実を正確に捉えることが必要だと思いました。日本人の精神の根幹に関わることですから。

牟 田

日本の場合、全部過去の人たちが悪かった、我々は懺悔しますという「自虐史観」と、日米開戦は全部アメリカが悪い、日本人は間違っていないという「自由主義史観」があって、どちらもある意味、責任を他に押しつけて、そこで思考を停止してしまっています。真実というのはおそらくその中間なんです。中間には自分の意見に合わない状況が必ずありますから、少なからずおもしろくない。それをどう受け入れて歴史観を築くかというのが、実は非常に重要なことです。それで出てきた見方はある程度バランスがとれていますから、両者に対して意見が言えるわけです。

石 村
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<聞き手>
(社)福岡県中小企業経営者協会
特別顧問 石村 善悟 氏

公文書館の役割は、これからますます大きくなってきますね。予算も人数も少ないということですが、今後の充実をお祈りします。


福岡県中小企業経営者協会
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