私は現在、福岡三越と岩田屋、両社の社長をしております。10月1日の経営統合に向けての一時的な兼務ですが、本日は岩田屋に軸足を置いて、福岡三越との統合についてお話をさせていただこうと思います。
ご存じのように岩田屋は、1754年に岩田屋呉服店として創業いたしました。大きく発展したのは1936年、天神交差点角に地上8階、延床1万5000平方メートルの百貨店を開店してからです。当時、全国でも非常に大規模な店で、天神~久留米間に電車を運行していた西鉄の前身である九州鉄道のターミナルデパートでもありました。その頃、商売は無理と言われた天神を選んだこと、ターミナルデパートとしての将来性を読んで出店したことが大きなポイントです。その後、1996年に現在の本館であるZサイドを、2004年にはZサイドを本館、NHK福岡放送局跡地の新店舗を新館とし、新本店をグランドオープン。岩田屋は天神とともに発展し、その核を担ってきた存在だと言えます。
2002年からは再建計画の下で順調に営業利益が推移してきましたが、2008年のリーマンショック以来、昨年前半まで、その落ち幅を全く縮小できない状態でした。昨年後半からは少し上がっては落ちるという状況が続いており、まだまだ消費の足腰の弱さを感じます。宝飾・美術品・ハイエンドブランドなどの高額品は動き始めておりますが、中級品以下は低価格への訴求が強く、二極化しています。
ただ、下げ気味だった潮が少し戻りつつあるのは確かで、この6月には23カ月ぶりとなる前年比100%を超える売上げを達成しました。三越・伊勢丹グループ26店舗中、100%超えは3店しかなく、あとは95%超、90%前後の店に分かれます。 これは、引いていった潮と戻りつつある潮の中身の違いを認識して、それに対応できているか否かの差です。岩田屋は、重要性を増してきた健康、ビューティ、環境というキーワードを着実に捉えた独自のファッション提案により、お客様の敏感な反応を引き出すことができたわけです。
さて、10月の岩田屋・福岡三越の統合ですが、統合後は売上規模で九州の百貨店の24%、天神の主要商業施設面積の30%を占めることになります。ただし、統合を機に両店が一気に変化したり、分化するような大戦略があるわけではありません。一つの事業、二つののれん、久留米岩田屋を含む三つの店舗で、互いにいろんな試みを積み上げながら、大きな統合への流れとしていくつもりでおります。
たとえば、今年のお中元内覧会は合同で実施しました。約1700件中650件が共通定番で、残りがブランドの違いを鮮明に出した商品という構成でしたが、大変な反響でした。また、6月に実施した「バカラ展」には、岩田屋のお客様に加えて三越の得意客もご招待し、岩田屋単独でやった昨年の1.5倍の売上げを上げることができました。 カードに関しては、現行のAZカードを廃止してグループ共通のMIカードを導入し、両店での年間買い物額に応じた値引きサービスをするなど、お客様の利便性向上を図り、顧客データも一本化します。
統合後の岩田屋三越の方向性としては、百貨店の王道を歩みたいと思っております。これまでの百貨店はブランド依存に陥り、同じような売り場構成で金太郎飴のような状態でした。言い換えれば、場所貸し業的側面に安住している間に百貨店とお客様の距離が離れ、業界全体の低迷を招いたと考えられます。我々は、生活のあらゆる場面においてお客様との接点を直接持ち、信用と信頼を築くという百貨店本来の姿・機能・マーケティングに立ち戻ることが必要だと、グループ全体で認識しております。そこで初めて福岡のお客様の生活になくてはならない百貨店になることができ、天神、福岡の発展に寄与することもできると思います。
また、三越・伊勢丹は2008年4月に経営統合しましたが、まだそれぞれ事業会社が存続しており、来年4月に完全統合の運びになります。それに半年先立つ岩田屋と福岡三越の経営統合は、グループ全体にとっても、統合事業の成否を占う重要なポイントです。
さらに来年は九州新幹線が全線開通し、阪急百貨店や東急ハンズの入るJR博多シティも開業いたします。恐らく福岡の商圏は天神と博多駅とに二極化するでしょうけれども、私はこの二極化で福岡の商圏の幅が広がる、逆に言うと福岡商圏の一極化が進み、広島・山口、熊本・鹿児島などから天神への来客数も増えると考えています。増えたお客様に対し、我々がどのような商品やサービス提供ができるかがカギです。百貨店としてのマーケティングをしっかりやりつつ、新たなマーケットに対応できる力をつけていきたいと思っております。
|